teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


箱根の関所と小田原城

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年10月26日(木)14時28分42秒
  10月の歌う会は台風の前哨戦で雨と風が吹き荒れていました。
先生が“15人は来るかしら?”と思ったのがほぼ満員。

フォスターの特集は古き良き郷愁をさそう伸びやかな歌の数々。
「主人は冷たき土の中に」や「オールドブラックジョー」の前奏がピュアでした。
そしてアフリカ系の働く人達への暖かい眼差し。
豊かな曲想とは違い、その頃は作曲家の概念がなく楽譜が10万枚売れてもろく作
曲料も貰えず、彼は37歳で極貧のうちに死去したと。

ティータイムの後で世話人の方がショックなお話をしました。
“来月は100回になるのでここで一区切りにします”と。歌う会が続くことしか
念頭になかった私にはショックでした。でも先生は深く考えてのことでしょう。

曲のさわりしか知らなかったのが全部歌えたこと、知らなかった歌を歌えた機会、
みんなで大声で歌う快感、ちょっとのアドバイスで歌が違ってくる面白さ。
先生のユーモアあふれたトークと楽しいアクション、サービス精神あふれた目配り。
それらに心地よく乗っていたのでした。

「コロラドの月」をソロで歌ってくださいました。合唱した時と違って
ドラマチェックでロマンチックでした。

何年でも待ちますからまた再開されることを願っています。


季節外れで申し訳ありませんが、諸般の事情で7月に訪れた箱根の関所と小田原
城のことを書きます。諸般の事情とは要するに8月から10月まで写真の撮れる
ような所へ出掛けなかったということです。

息子と二人でドライブ。運転に慣れているからと彼の車で出発です。
息子が親孝行してくれる!あとが怖いのでした。

茅ヶ崎の盛大なお祭りのために134号線上下4車線のうちの西へ向かう2車線を
閉鎖したのですごい渋滞に遭いました。帰りは懲りたから厚木の方へ遠回り。

箱根の関所はまだ新しく2007年に全面公開されたとあります。シニア男性の係員
達の対応が親切でていねいなのが印象的。美しく連なる山々と芦ノ湖を前庭にし
ても関所とは要塞で各建物は黒く重々しいのでした。

旅人の関所改めをする座敷には実物大のフィギアの人物が並んでいますがみんな
粘土の色。資料がなく着物の色や模様が分からないからと説明しています。

「出女入り鉄砲」を取り締まるのだけれどほとんど出女に重きを置いていたと。
参勤交代で大名の妻子は江戸に留め置くのが、出て行くということは謀反を起こ
す疑いがあると警戒してのことだと。

資料館ではキャラクターが飾ってありました。河童とひょろりとした女の子。
汗ばんだ見学客たちが一瞬に身の凍るような物語が書いてありました。

{貧しい家の娘が口減らしのために江戸の親戚の家に奉公に出されました。
が耐えかねて逃げ出し関所の柵に疲れ果ててもたれて眠っていました。もとより
通行手形などあるはずもありません。たちまち捕まり関所破りをしたということ
で45日後に処刑されました}
貧しい何の力も危険もない女の子を殺す!彼女を悼んで小さな池を彼女の名をと
り「お玉が池」とし、今またキャラクターにしたのだと思います。

せっかくの箱根、名物の寄木細工のマウスパットを3個買いました。模様が違う
のを選んだつもりなのに、後日親類の集まりで姪の3人の娘たちは検分し“同じ
のがある”。配ったみんなは活用してくれているようです。

小田原城は改修後に初めて来ました。壁もきれいで展示も明るくなりました。
大勢の見学客がいて写真を撮れるスポットで流れが滞っています。

関所も小田原城も当然に復元に忠実なのですが、エレベーターもなく段差への配
慮がありません。これでは車いすの人は来られないと感じました。

追浜に帰り遅い昼食は回転寿司、息子は手で握ったシャリに感激していました。
親孝行後の怖いこともちゃんとありました!

写真上は箱根関所の京口御門、中は通行手形下は小田原城の模型

 
 

9月の歌う会

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 9月29日(金)06時01分45秒
  9月の歌う会は残暑と少し蒸し暑さが残る日でした。先生がお連れ合いを亡くさ
れてから3カ月ぶり。ご冥福をお祈りします。

最初に秋にちなんだ童謡が4曲。“言葉を感じるように歌って”“リズミカルに”
の指示で「赤とんぼ」や「とんぼのめがね」が生き生きしてきます。

亡きお連れ合いにちなんだ3曲がありました。「惜別の歌」はピアノがとても美
くしく、ソロで歌って下さった「さよならの夏」は優しく癒される曲想と青空と
ボワーンとした雲の重なりが想像でき宮崎アニメの世界でした。
お連れ合いにちなんだ曲の合間に先生は“いつもの場所に夫がいる気がする”
とおっしゃいました。男性陣が座る後ろの方で、いつも先生を見守っていました。

「瀬戸の花嫁」は大ヒットした曲。美しいメロディと歌詞で、45年前には結婚が
幸せだと思っていた時代のだと歌いながら感じました。今は若い人が醒めてそう
ではないと分かってなかなか結婚しないのでしょう。

リクエストの時、“「ケンタッキーの我が家」を英語で歌って下さい”とお願いし
たら“では英語と日本語の好きな方で自由歌いましょう”にみなさんも揃って
英語で歌ってくれて感激です。今のニューミュージック系の日本の歌よりも平明
ですんなりと歌いやすかったのでした。大昔に口ずさんでいた思い出の曲です。

最後のリクエストでお連れ合いにちなんだ3曲のうちお連れ合いが大好きだった
という「鉄腕アトム」を歌いました。
元気に歌って終わったけれど、先生はいくら賑やかな場所にいても気持ちは晴れ
ないこととお察しします。私は先生のファンです。ファンは大勢いると思います。
たくさん食べて体力をつけて風邪の季節に負けないようお過ごしください。
 

梅の豊作

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 6月29日(木)11時56分39秒
  6月の歌う会は梅雨真っ盛りの日で横須賀の市長選挙投票日と重なりました。
雨が時々降っていたので参加者はいつもより少し少なかったのでした。

この季節と雨にちなんだ童謡「たなばたさま」「蛍」「かたつむり」「茶摘」
「夏は来ぬ」「あめふり」を歌い懐かしさと安らぎを感じます。

「有楽町で逢いましょう」はしゃれた前奏や間奏で浮き立つような楽しさと
気楽さも伴って歌いました。
「青葉城恋唄」は水が流れるような清々しい前奏が仙台の澄んだ空気と少し
冷たい風を思い出させてくれました。これが失恋の歌とは!

先生がソロで「ラ・メール」を歌ってくださいました。華麗なピアノで第二次
大戦が終わり解放された喜びの雰囲気が伝わって来ました。

「ラ・ノビア」の歌詞は“白く輝く花嫁衣装に/心を隠した美しいその姿/
その目に溢れる一筋の涙を/私は知っているアヴェ・マリア/祭壇の前に立ち
偽りの愛を誓い/十字架に口づけして神の許しを願う/”で美しいメロディと
共にドラマチックでミステリアスな歌詞で大ヒットしたのだと思います。

私は政略結婚かなにかで嫌々嫁に行くのを歌ったのかと思ったらネットでの一つ
の意見では~思いを寄せた女性が結婚してしまい結婚式に招かれて花嫁を見てい
る~情景で、彼女は結婚するけれどほんとうは僕を愛していると思いたい、と。

英語版だと“私はあなたを見つけた/ あなたは私を見つけた/ 今あなたと二人で
ここにいる/ ようやくその日が迎えられた/ 教会の中で/ 皆に祝福され/ 神の
祝福の元に/ 二人で手をつなぎ/ 歩み出す/ アヴェ マリア“と健全!です。

でもそれではこれほどヒットしなかったのかとも思いますが。
変な歌詞と思っていても私は自然に口ずさんでいます。


今年は梅がたくさん出来ました。でも途中で落ちたのが多数でろくなのがありま
せん。落ちているのを無視していたら夫が摘んでいます。しかたないので
ジャムとジュースを作りました。ジュースは2種類。まずジャムを作って残った
種をしごいて濁った液体に多量の砂糖を入れて煮たのが一つ。ジャムもジュース
もビンをアルコールで消毒し熱いうちにビンに入れて蓋をし脱気させて保存。
酸っぱいから砂糖を梅の2倍使いました。

もう一つの方法は梅を冷凍してからぶつぶつ針で突いて砂糖に混ぜてカビないよ
う酢も入れます。毎日ビンを揺すり水が上がってくるのを待ちます。梅の水分が
なくなりシワシワになったら出来あがりで、これはカクテルにも混ぜられそうな
透明な液になります。

夫は次々と梅を収穫してきます。こちらが取りあわないので自分で作りました。
出来た物はジャムとジュースの中間のゆるさ。大量に作り入れ物がないから鍋の
まま。消毒も砂糖の量も無視。そして100円ショップで買ったプラスチックの容
器に入れる。あきれたけれど不思議とカビない。

まだ次々と収穫したのでさすがに自分で作るのが飽きたか趣味の仲間に配り始め
ました。普通は人の差し上げるのに傷などない物を選んで渡し結果として自分が
傷物を食べることになり気分は複雑。そんなのおかまいなしに配っています。

写真の上は摩崖仏付近の白いアジサイ。下2つは我が雑草畑のハーブ




 

ポールマッカートニーと玉三郎

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 6月 1日(木)12時02分13秒
  5月の歌う会は五月晴れで少し冷たい風が吹いていました。
午前に時間変更になったにかかわらず満員でした。

光る緑とさわやかな風をたたえた「若葉」「みどりのそよ風」が踊るような転がる
ようなピアノに支えられて歌いました。
「五月の歌」は光あふれさわやかな風が吹くこの時に歌えて幸せを感じながら
歌いました。これがモーツアルトの最晩年の曲とは!

母の日にちなんだ3曲「やさしいおかあさま」は昭和15年の作で「あした」
は大正9年に作られました。きな臭くなった昭和15年作とまだ穏やかな
大正9年作ではまるで反対のように感じました。父親が無事で帰る日を待つ
「あした」。子育ての一番楽しかった幼児を寝かしつける時を思い出させる
「やさしい・・・」。

「かあさんの歌」は作者が冬に特に感謝をしたのではないかと想像されます。
放蕩と放浪の限りを尽くした作者に金品と励ましを送り続けた母親。子供の
人生は母親によって支えられるのを感じさせる先生の説明でした。
歌声喫茶や山で大声を張り上げて歌っていた時は想像もつかない成り立ち。

「鶴」を先生がソロで歌って下さいました。冷たい大地と残酷な兵隊の死を
想像します。そして転生して鶴になっていると。歌いながらソ連時代の映画
「鶴は翔んでいく」を思い出していました。恋人を戦争に取られて悲嘆に
くれるヒロイン。この歌の対極にあると、関係ないけれど感じました。

「南国土佐を後にして」は4月12日に亡くなったペギー葉山の追悼。
伸びやかな南国の風情をおおらかに歌い、彼女に歌わせたプロデューサーの
センスがすごいです。夫の根上淳を7年も看病しながら歌手活動をしていたと。
外国曲の紹介も「ドレミの歌」「サウンド・オブ・ミュージック」の他に
オーストラリアの羊の毛を刈る様子を歌った題名は忘れたのですが
“調子を揃えてクルックルッとたちまち羊は丸裸”と歌っています。


母の日と誕生日プレゼントを兼ねたお祝いを娘と孫娘がしてくれました。
ポール・マッカートニーのライブです。

東京ドームは満員で巨大な音量で圧倒し曲によって違うレーザー光線が行き交い
プロジェクションマッピングでイギリスの農家を映し同時通訳の字幕や以前より
大きくなったスクリーンでは観客の様子も映す。24年前とは比べられない豪華
さでした。自家用機での来日には機材も各方面の技術者も大勢乗せて来た感じ。

ポールも三台のギターをとっかえひっかえし、配置も大きさも違う2台のピアノ
を弾きお尻を振るという活躍ぶり。

斜め左に中学生くらいの男児が実に上手に踊っていましたが前半のヘビメタ風
の時だけで後は座ってしまい残念です。普段は競技をするアリーナ席の人達は
立ちっぱなしでした。後半のビートルズ時代のヒット曲では懐かしく2時間半を
耳栓をして聴きましたがお祭り騒ぎを十分に楽しめました。


坂東玉三郎と鼓童の『幽玄』は新聞広告で飛びついたのですが一日へて取ったら
後ろの席。電話も自動音声で受け取りのチケットはコンビニで印刷されてくる
超ハイテクでしたが手数料が1600円もかかりました。

渋谷のオーチャードホールの公演は前半の演目の「羽衣」ではあまり動きがなく
眠りました。以前に同じ友と同じ玉三郎を歌舞伎座で見た時メインの「天寿物語」
で彼女は眠り、後日“もったいないから眠っちゃだめよ”と言ったのに、です。

休憩後の「道成寺」では鐘の中から変身した玉三郎ではなく大蛇の作り物。
それがラジコンで動きくだを巻いて面白かったです。

「石橋」では獅になってたてがみを振りまわすのですが、やはり女形の方が似合
うと思いました。

鼓童の太鼓が編成も多様で見事でたえず動きがあり最初は20人近くが並んで叩き
またドラムのように組み合わせて何台もの太鼓を一人が叩き音色も多様でした。
力仕事なのにほっそりした女性が2人参加していました。

写真上はホテルの43階から見た東京ドームでごま粒のようなのが入場する人達。
中はそのホテルで祝ってくれた母の日のケーキ、下は『幽玄』のチラシ










 

海よ教えてくれないか」

 投稿者:坂本 征男  投稿日:2017年 5月 1日(月)16時22分22秒
  長年探していた岸洋子の歌”海よ教えてくれないか”を3,4月歌って頂きありがとうございます。
これで毎年一回はリクエストに応えて頂いております。
また次の曲を探してお願いいたします。
 

南房総の旅

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 4月27日(木)05時45分32秒
  4月の歌う会は晴れて風が冷たくても会場は歌うほどに熱気で暖かくなりました。

「春の小川」の詩は昔のたゆとう春の穏やかさがうれしくしかも声が揃いました。
「鯉のぼり」は“リズムを刻んで歌って”と。曲の雰囲気に勇壮さに増しました。
「花の街」のピアノが美しくうっとり。でも歌わないで聞いていてくれた先生は
“低音が痩せている”と。
「鯉のぼり」ではアドバイスで変わったのにこれはなかなかむずかしい。

終盤にラテン系の明るい歌が4曲ありました。

ツバメの季節が来て「ラ・ゴロンドリーナ」にまた巡り合えました。
先生のソロ「シェルト・リンド」は南国ののびやかでロマンチックな雰囲気を
歌い、力強いピアノが支えています。
私達も歌いました。おなじみの“アーイ アイ アイ アイ”は特に大声で。

「ラ・クカラチャ」はアップテンポで楽しくみんなすんなり歌えました。
題名はスペイン語でゴキブリや南京虫を指すと言うと “シラミの歌はないので
すか?”と質問が来て“ノミの歌はありますけどシラミはありません”と。
なんだか体がかゆくなってきました。

最後「オーソレミオ」をイタリア語で歌い元気にフィナーレを迎えました。



中学時代の同窓生5人で戸塚駅から出発です。男性3人と女性2人で車1台。
なぜ千葉かというとそこに移住した男性の案内だからです。

アクアラインで足湯につかりました。大雨の前兆で鷹取山から見えた海ほたるに
いるのに鷹取山が見えません。あれがそうだと得意気に説明する場がなし。

新緑のグラディーションが美しい高速をドライブし白浜フラワーパークを経て
雨の降る前にホテルに着きました。ゴルフをする人を主に対象で20室程ですが
居室も含めとても広々としています。

翌朝は雨が上がって出発です。「月の砂漠記念館」へ行きました。
作詞者加藤まさをに関する展示が多数ありました。竹久夢二風の情緒豊かな
絵と小説も。

高台にあるドン・ロドリゴ上陸の地のモニュメントにも寄りました。

次に千葉に移住して農業をしている男性のお宅へ。
庭に小石で道を敷き詰め飛び石を配し、丸太を模したコンクリートで道と花壇や
畑の境を区切り、複雑で繊細な庭と畑を作っています。全部自分で作ったと。
意思と体力と根気と資金と時間がなくては出来ません。

掘った筍を煮て、新玉ねぎを抜き白菜の緑の葉をちぎってきてサラダに。
新鮮な野菜は力強くやわらかく甘くおいしく、私のように一週間分まとめ買い
して古い野菜ばかり食べている者には感激の味。
買った各種巻き寿司とスープを添えた庭のテーブルでのランチはステキでした。

羽田へ寄って横浜へ行く高速バスで帰路につきました。

写真は上がフラワーパークの温室。中が月の砂漠記念館の前の海岸の銅像。
下がドン・ロドリゴの碑のそばの銅像。1609年9月にフィリピン総監ドン・ロドリゴを
乗せた船が座礁して村人達が乗組員の317人を助け海女たちが素肌で暖めて蘇生させた。
その博愛を記念に建立されたと。







 

また軽井沢スキー

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 3月29日(水)10時02分36秒
  2か月ぶりの歌う会でした。もうじき4月というのに真冬の冷たい雨が降り、
いつも満員なのに今日はこの天候で参加を見合わせる人が何人かいました。
先生はいつものように元気で臨機応変でユーモアたっぷりでした。

3月だから春の名曲を美しいピアノに支えられてたくさん歌いました。「春の唄」
「早春賦」「花」や卒業シーズンにふさわしい「旅立ちの日に」。
うれしいことに私の大好きな「春の日の花と輝く」もありました。

ウェルナーの「野なかの薔薇」は流れるようなメロディー。
終わったら“違う歌詞で昔習った”と参加者からの声。ふたつともどっちの
歌詞で歌っても二人の作曲家の曲でもぴったりの融通無碍。
違う歌詞でまた歌いました。

リクエスト曲の「海よおしえて」を先生がソロで歌ってくださいました。
深い絶望を歌っているのに合唱すれば絶望が吹き飛んでゆく勢いでした。

市制110周年記念として取り上げられた横須賀市歌。どこの市歌もそうですが
郷土愛を掻き立て奮起させる力をもっていると感じました。
小学生の時から刷り込まれて私は今でも横浜市歌を歌えます。
セレモニーの時の曲だからそう思えばいいのですが
森友学園の騒動を思い出させてもくれました。



2年振りに軽井沢へスキーに行って来ました。メンバーも同じ娘と孫娘と私。
3月中旬になったので泊ったロッジ周辺には雪がありません。
ゲレンデに人工雪を作る機械が並んでいます。
地下水を吸い上げて-3℃になったら運転させると。

15年の時と違って晴天に恵まれ噴煙を上げる浅間山や豪華な景色がありました。

スキーに行ってなにが非日常の贅沢だったかといえばふんだんの暖房でした。
ロッジは見かけは質素ですが、この暖かさは神の恵みかと思ってしまいます。
半日滑って快適なロッジでは孫娘は宿題をし、娘は本を読み、私も受けてる
講座の宿題をしてました。
暑がりの夫は暖房が嫌いで私は家では熊のように着込んで過ごしています。

もう一つの贅沢は敷地内を縦横に走る車でした。電話すればスキー場に温泉に
とロッジに迎えに来てくれます。道を歩いていても決してクラクションは鳴らさ
ず時速も20㎞以下。

三つめの贅沢はレストランでしょうか。広々とした空間に洗練されたサービス。
そのために値段も一流。だけど味は設備と人件費に取られた感じ。

スキーはといえば私は一度転び一人では起き上がれなくて以後やっこ凧。
両足を八の字に広げて滑っていました。
孫娘はスキースクールに入ったのに気に入らなかったといって私と同じ滑り。
でも翌日になるとスクールで習ったらしい滑りになりました。一晩寝るのが大事
というのが実感できました。

最近の二つ玉低気圧か寒気が押し寄せたので軽井沢でも積雪40㎝の報があり
ロッジも雪に囲まれスキー場も最適なコンディションになっていることでしょう。

写真は上は浅間山、中は泊ったロッジ、下は私が使ったロッジの寝室。

 

ボブ・ディラン

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 1月26日(木)05時42分0秒
  今年初めての歌う会の日は晴天で空っ風の日でした。

鶏年にちなんだかわいい童謡の2曲のうち「かごめかごめ」は三部合唱?
の趣があって楽しいです。

冬の名曲が並びます。美しい詩の「冬景色」、暖かい団らん風景の「冬の夜」。
石川さゆりの「津軽海峡冬景色」は重厚な美しいピアノに支えられてなじみの
曲に大合唱、挫折して故郷へ帰る歌なのになんだか元気が出てしまいました。
「北帰行」は歌声喫茶や山でよく歌いました。昔これも歌詞の意味も考えずに
大声で張り上げていたのでした。
「知床旅情」もその地を離れて行く歌。大ヒットする歌は歌詞と曲の力で人々
の心に印象を植え付けるのだと思いました。

「ドレミの歌」は映画「サウンド・オブ・ミュージック」を思い出します。
ジュリー・アンドリュースと子供達の場面、ミュージカル映画だから自然に歌に
入ってゆく。家庭教師と子供達が雄大なアルプスを背景に並木道や草原や庭園と
場面展開しながら踊り歌う。今回も先生の“さあみんなで・・・”と導入部から
始まり楽しかったです。

先生のソロ「津軽のふるさと」はしっとりとしてゆったりとしてすてきでした。


リクエストした「風に吹かれて」を取り上げていただきありがとうございます。
曲を作ったボブ・ディランは徹底的にマスコミから身を隠しノーベル賞の授賞式
も欠席しました。受賞そのものにも迷った様子ですね。授賞式で駐在大使が
代読したメッセージによると“ツアーの時に知って一瞬なんのことかと思った”と。

ぶれなくて、ドキュメンタリー番組では隠し撮りの満席の3階席位から“ユダ!”
と叫び声が上がると冷静にメンバーに”いつもより大きく演奏しよう”と。
ユダとはキリストを売った人物。フォークからロックに転向したのを非難したの
でした。ファンとは不思議ですね。いやなら見に行かなければいいのに。

ニューヨークの同時多発テロの時に多くのアーティストが公演を自粛するなかで
公演を行い、途中スピーチで”ニューヨークは我らの音楽をはぐくんでくれた”と。
以上はファンの隠し撮り。そちらの方もすごいしそれを集めた力量にも息をのみます。
ノーベル賞を受賞するくらいだから膨大なメモが彼の資料館に残されていました。

ただ楽譜を探し歌詞を吟味してみんなで歌えるように手間ひまかけて下さった歌、
黒人霊歌の流れを汲んだ哀愁のあるメロディはみんなもすぐに歌えたし一度だけでは
もったいなく再度取り上げて下さるのを楽しみにしています。


写真上は汐入のホテルの19階のレストランから見た歩道橋。
中はその正月メニューで鯛と伊勢海老のブイヤベース。伊勢海老のダシもグット!

下は阿部倉のレストランのコース料理の前菜。どんな山の中かと思えば葉山と汐入を
結ぶ県道27号線の沿線のちょっと入った農家の納屋を改造した14人位で満席の店。
10人で貸切にしてくれて、聞いていたのは日本料理。でも西洋と入り混じっていました。
器上部の団子はあつあつのコロッケ。お刺身もカルパッチョになっていました。
スマートな30代とおぼしき男性2人が作ってサービスをしてくれました。


 

2017年 謹賀新年 ♪

 投稿者:柴田 直美  投稿日:2017年 1月 2日(月)02時17分56秒
  カラッとした天気のもと新年が明けました!
今年もよろしくお願いします。

昨年は、12月25日の「元気に歌う会」まで無事皆さんと歌いきりました。
今まで歌った歌、何と500曲を超えすごいです!!

小島さんの毎月のレポートは素晴らしくて頼りっきりですが、旅行記や
日々の思いを書き留めた文章と共に、今年もひき続きお願いいたします。

無理せずでも継続は力で、皆様と今年も又歌いたいと思います。

 歌のリーダー 柴田直美 ♪

 

クリスマスコンサート

 投稿者:小島正子  投稿日:2016年12月28日(水)11時20分32秒
  例年超満員のお客は今年も同じ。
幕開けは出演者全員の「サンタが街にやってくる」。

ピアニストが後に語ったのですが
ヴァイオリンとフルートとピアノと歌のカルテットはないので、
それぞれの楽器のソロを生かす編曲をしなければいけなかったと。
流麗なピアノを私達はただ聴いているだけなのにたいへんな手間を
かけてくれているのでした。

ピアノと歌のゴメスの「アヴェ・マリア」は20世紀の作曲家の作品で敬虔に
なる祈りというより親しみやすさがありました。

ヴァイオリンとピアノの「チャルダッシュ」は緩急自在の優れた技巧の演奏で
哀愁も感じたのですが私には土の香りしました。

ピアノとフルートの「ニュー・シネマ・パラダイス」は私も映画を見ました。
かわいい坊やが映写室にもぐり込むところだけを覚えています。
フルート演奏は進境著しいと思いました。

歌の先生は笑みを絶やさずざわつく会場もピアノやヴァイオリンやフルートにも
負けず歌いあげていました。

アンコールの「オー・ソレ・ミオ」も各楽器のソロがすてきでピアノが華やかに
フィナーレを飾ってくれました。

プレゼントの時間はふたりのサンタさんが番号を読み上げるのをみんな固唾を
のんで今か今かと首を長くして待ちます。手の込んだ手作り品ばかり。

第二部はみんなで歌うのですが出演した4人の素晴らしいドレス姿とピアノに
加えてヴァイオリンとフルートが伴奏してくれて豪華な合唱になりました。



12月の歌う会は晴天でちょうどクリスマスの日でいつもの盛況です。
歌もクリスマスにちなんだ「ジングルベル」「きよしこの夜」。

お話では歌は空中に満ちていてそれを自分に取り込むと。
モーツアルトは“天からメロディが降ってくる”らしく楽譜に書き直しが
ないと聞いたことがありました。
凡人はそうはいかなくて読めないオタマジャクシを追ってジタバタしています。

「喜びの歌」の前奏や間奏は「第九」の一部でシラーの詩と共に感動的でした。

ロシア民謡の「カチューシャ」のピアノは躍動感がありました。

「アヴェ・マリア」はシューベルト自ら作曲の伴奏が重厚ですてきです。
聞いている分にはなめらかですが歌うとなかなかむずかしいのでした。

「新雪」は若い頃に山のテントでよく歌いました。
“大地を踏んでがっちりと未来へ続く尾根伝い”
目標もそれに伴う努力もないのにこの歌詞に酔ってました。

クリスマスプレゼントとして「ホワイトクリスマス」を先生がソロで
ピアノもソロで演奏してくださいました。
歌は静かにクリスマスを祈る感じなのに対し、ピアノは都会のしゃれた雰囲気も
持っていました。

歌う会は“はじめは10人位参加してくれればよい”を想定していて今は約50人。
夫が福祉村の催し物への参加をテニスコートで強く勧められ私が参加しました。
勧めてくれた人がどなたか分かりませんがとても感謝しています。
盛況になったのと各方面からの厚いサポートも先生の人柄のたまものです。

写真上は青山の根津美術館で開催された円山応挙の展覧会のちらし。
ファッションブランドのしゃれた建物の並びを過ぎて美術館に入れば庭園は森と
滝と小川と池の別世界でした。ギンナンを拾い家で茶わん蒸しを作りました。

中はクリスマスコンサートのカードともらったプレゼントで、カードのサンタの
手が動き、根付けになった匂い袋はレース編みです。

下は友人のポルトガル土産の冷蔵庫のマグネット。



 

レンタル掲示板
/55