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皆で元気に歌う会再開のお願い

 投稿者:サムちゃん  投稿日:2018年 8月10日(金)20時28分55秒
  みんなで元気に歌う会 中断してから早8か月になります。
最近 当時の参加者に何人かお会いしましたが、私も含めて 皆さん 再開希望のお話をされます。
色々とご都合がおありとは思いますが、是非、再開をお願い致します、
 

https://www.youtube.com/watch?v=nI-AEQSkJXA

 
 

有難う御座いました。

 投稿者:サムちゃん  投稿日:2018年 1月 9日(火)20時41分25秒
  私は ”みんなで元気に歌う会” には まだ数回しか参加しておりませんが、何時も大変楽しませて頂きました。”これからもっと参加して 元気に 楽しませて貰いたい” と思っていた最中の 今回の中止、 大変残念でした。 参加されている他の方々も 中止されたことで 私と同じ様に 悲しく感じられている方が多かった思います。
昨年の最終回の開催日には私は参加する予定でおりましたが、会場で、胸が詰まって 醜態を演じてしまいそうだったので、出席できず、お礼も申し上げられず、 大変失礼いたしました。
遅まきながら ここでお礼を申し上げたいと思います。 有難う御座いました。

出来ることなら 是非 早期再開をお願い致します。  森山

https://www.youtube.com/watch?v=nI-AEQSkJXA

 

お礼

 投稿者:坂本 征男  投稿日:2018年 1月 4日(木)14時42分12秒
  長い間楽しく歌をご指導頂き有り難うございます。
2011年2月からご近所の方に誘われ100回まで参加致しました。それが切っ掛けで歌声喫茶風の会、歌の勉強会、アカペラといろいろな会に入って、月に10回以上歌っております。カラオケから方向転換して、知らなかった歌の世界を楽しんでおります。有り難うございます。忙しく過ごしている割にボンヤリした昼行灯のような性格で昨年のご事情を知ることが遅すぎてしまい申し訳なく思っております。また機会があればとお待ちしてります。
 

2017年の大晦日 ♪

 投稿者:柴田直美  投稿日:2017年12月31日(日)11時48分24秒
    今日は大晦日・・・・湘南鷹取の地域の皆様と9年近く歌ってきた
  「みんなで元気に歌う会」のリーダーとしては、ここに書きこむ事も
  少なかったのですが、小島さんのレポートは素晴らしくいつも
  胸が熱くなりました。
  この「会」の曲目等は読んで頂ければ分かりますし、天候やその日の
  雰囲気も感じられるので、小島さんの文章力には感謝の気持ちで
  いっぱいです。有難うございました!!

  更に写真付きの日々の記録も、楽しませて頂きました!

  今年は私にとって怒涛の一年でしたが、歌は少し休んでも歌への愛が
  有れば・・・・感動する心があれば、又いつでも歌えると思っています。

  「元気に歌う会」にご来場下さった皆様、一度も休むことなくピアノを
  弾いてくれた遠藤さん、見やすいメロディー譜を作ってくれたおじさま
  そして「歌う会」のお世話をしてくれた方、この掲示板を見て下さった方々、
  本当に有難うございました!!

  心と身体は一体です。健康に気を付けて、来年が皆様にとって良い年になるよう
  お祈り申し上げます。

      柴田直美

 

等々力渓谷

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年11月30日(木)06時10分40秒
  11月の歌う会は100回記念にして最終日。暖かく快晴で風が少し強い日でした。
ミニコンサートがあるのでイスをぎっしり並べ50人以上入っていると思われます。
みなさん、この会の終了を惜しんでの参加。先生とピアニストはフォーマルドレスです。

秋真っ盛りにちなんで「夕日」「紅葉」そして美しい伴奏の「旅愁」が続きました。
「平城山」はトトトン・トトトンという水のしたたるような伴奏が印象的でした。
晩秋の寂しさに加えて作詞者で歌人のじっと待っていた恋の詩に緊張感を感じます。

滝廉太郎の「花」と「芭蕉布」は歌う会でたくさん歌われた曲です。
久しぶりの「芭蕉布」は華麗な伴奏で歌っていて思い出がたくさんよみがえりました。
最初に行った沖縄で友人が座間味島へ渡る船が荒天で延ばされホテルで休み、
私が一人で観光バスに乗って沖縄海洋博公園に行きました。
暑い公園内を歩き回っている時に絶えず聞こえていた音楽でした。
青い空の下で“いい曲だな”と思いながら何年も経って名前が分かったのでした。
その後に沖縄の戦跡を巡り虫けらのように死んでいった人々の記録と
現在の米軍基地の爆音を聞くにつけ、美しい海と哀愁を帯びたメロディーの美しさを
対比して人間のやることはなんて愚かと思ったのでした。
“上納捧げた”との歌詞は芭蕉布が権力者に差し出された高価な織物だったのだと思います。

後半はミニコンサートでした。先生はローズ色の豪華なロングドレスで登場です。
ピアノでお菓子を表現した「お菓子の世界」はプリン・ドロップ・チョコバー・
柿の種は楽しく弾むような演奏でした。

いつも合唱で歌った「旅たちの日に」のソロは豊かな声量で歌い情感がこもっていました。
「ヴァリアの歌」はレハールの20世紀初頭に作曲した「メリーウィドウ」の中の
曲で優雅でゆるやかなで時代を感じる曲でした。

最後にお二人に花束を、
先生とピアノの遠藤さんからは楽譜や運営を支えた福祉村の人達にシクラメンが贈られました。暖かいフィナーレでした。
“いつかまた いつかまた 会える日まで”という「さよなら」の曲のとおりになるように
願っています。


等々力渓谷へ行ってきました。東急大井町線の等々力駅からすぐに入り口があります。
都会に緑豊かな渓谷があるなんてすばらしいことです。
せせらぎも小さな水路も全部コンクリートで舗装されて区の財力がすごいなと。
近くには環八の幅広い道路があり歴史がなかったらたちまち川を暗渠にして
平凡な町になっていたと感じました。

普通に通り抜ければ15分ほどの散歩道ですが、
古墳や不動尊や古代の横穴を見て往復3時間ほどかかりました。
轟くように聞こえた不動の滝から等々力という名が付いたと。

3時間もかかった別の理由は“3歩歩いたら後ろを見ないとどこかへ行ってしまう”
と引率者を嘆かせた気ままなおばさん7人が一緒だったからでした。
あるサークルの仲間たちです。
コンクリートで固めた川床を清い水が流れ深い木々の谷間の道は
家族連れやカップルが増えてきました。

自由が丘に出てのランチは鯛めしや瀬戸内海の魚料理の得意な店でした。
その後に引率者と別れて仲見世のこじんまりた店を冷かして歩きましたが
旺盛な購買欲のある人たちでアクセサリーや財布を買っていました。
古い商店街だから今風のフランチャイズの店はあまりありません。

60年以上前は自由が丘や田園調布から東横線に乗る乗客は
服装自体雑誌に出てくるような華やかさがありました。

当時のそんな自由が丘に1度だけ行った記憶があります。
ケーキ屋で東郷青児のと思われる幻想的な絵が包装紙になっている店でした。
ケーキは今でも特別なお菓子。その頃は特に特別に輝いていました。
わざわざモンブランを買いにいったのでした。当然ですが駅前も変容していました。

歌う会に便乗して書いた私の文章にもお付き合いいただきありがとうございました。

写真上は等々力渓谷すぐ入り口にあるゴルフ橋 中はせせらぎ 下は不動の滝
 

箱根の関所と小田原城

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年10月26日(木)14時28分42秒
  10月の歌う会は台風の前哨戦で雨と風が吹き荒れていました。
先生が“15人は来るかしら?”と思ったのがほぼ満員。

フォスターの特集は古き良き郷愁をさそう伸びやかな歌の数々。
「主人は冷たき土の中に」や「オールドブラックジョー」の前奏がピュアでした。
そしてアフリカ系の働く人達への暖かい眼差し。
豊かな曲想とは違い、その頃は作曲家の概念がなく楽譜が10万枚売れてもろく作
曲料も貰えず、彼は37歳で極貧のうちに死去したと。

ティータイムの後で世話人の方がショックなお話をしました。
“来月は100回になるのでここで一区切りにします”と。歌う会が続くことしか
念頭になかった私にはショックでした。でも先生は深く考えてのことでしょう。

曲のさわりしか知らなかったのが全部歌えたこと、知らなかった歌を歌えた機会、
みんなで大声で歌う快感、ちょっとのアドバイスで歌が違ってくる面白さ。
先生のユーモアあふれたトークと楽しいアクション、サービス精神あふれた目配り。
それらに心地よく乗っていたのでした。

「コロラドの月」をソロで歌ってくださいました。合唱した時と違って
ドラマチェックでロマンチックでした。

何年でも待ちますからまた再開されることを願っています。


季節外れで申し訳ありませんが、諸般の事情で7月に訪れた箱根の関所と小田原
城のことを書きます。諸般の事情とは要するに8月から10月まで写真の撮れる
ような所へ出掛けなかったということです。

息子と二人でドライブ。運転に慣れているからと彼の車で出発です。
息子が親孝行してくれる!あとが怖いのでした。

茅ヶ崎の盛大なお祭りのために134号線上下4車線のうちの西へ向かう2車線を
閉鎖したのですごい渋滞に遭いました。帰りは懲りたから厚木の方へ遠回り。

箱根の関所はまだ新しく2007年に全面公開されたとあります。シニア男性の係員
達の対応が親切でていねいなのが印象的。美しく連なる山々と芦ノ湖を前庭にし
ても関所とは要塞で各建物は黒く重々しいのでした。

旅人の関所改めをする座敷には実物大のフィギアの人物が並んでいますがみんな
粘土の色。資料がなく着物の色や模様が分からないからと説明しています。

「出女入り鉄砲」を取り締まるのだけれどほとんど出女に重きを置いていたと。
参勤交代で大名の妻子は江戸に留め置くのが、出て行くということは謀反を起こ
す疑いがあると警戒してのことだと。

資料館ではキャラクターが飾ってありました。河童とひょろりとした女の子。
汗ばんだ見学客たちが一瞬に身の凍るような物語が書いてありました。

{貧しい家の娘が口減らしのために江戸の親戚の家に奉公に出されました。
が耐えかねて逃げ出し関所の柵に疲れ果ててもたれて眠っていました。もとより
通行手形などあるはずもありません。たちまち捕まり関所破りをしたということ
で45日後に処刑されました}
貧しい何の力も危険もない女の子を殺す!彼女を悼んで小さな池を彼女の名をと
り「お玉が池」とし、今またキャラクターにしたのだと思います。

せっかくの箱根、名物の寄木細工のマウスパットを3個買いました。模様が違う
のを選んだつもりなのに、後日親類の集まりで姪の3人の娘たちは検分し“同じ
のがある”。配ったみんなは活用してくれているようです。

小田原城は改修後に初めて来ました。壁もきれいで展示も明るくなりました。
大勢の見学客がいて写真を撮れるスポットで流れが滞っています。

関所も小田原城も当然に復元に忠実なのですが、エレベーターもなく段差への配
慮がありません。これでは車いすの人は来られないと感じました。

追浜に帰り遅い昼食は回転寿司、息子は手で握ったシャリに感激していました。
親孝行後の怖いこともちゃんとありました!

写真上は箱根関所の京口御門、中は通行手形下は小田原城の模型

 

9月の歌う会

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 9月29日(金)06時01分45秒
  9月の歌う会は残暑と少し蒸し暑さが残る日でした。先生がお連れ合いを亡くさ
れてから3カ月ぶり。ご冥福をお祈りします。

最初に秋にちなんだ童謡が4曲。“言葉を感じるように歌って”“リズミカルに”
の指示で「赤とんぼ」や「とんぼのめがね」が生き生きしてきます。

亡きお連れ合いにちなんだ3曲がありました。「惜別の歌」はピアノがとても美
くしく、ソロで歌って下さった「さよならの夏」は優しく癒される曲想と青空と
ボワーンとした雲の重なりが想像でき宮崎アニメの世界でした。
お連れ合いにちなんだ曲の合間に先生は“いつもの場所に夫がいる気がする”
とおっしゃいました。男性陣が座る後ろの方で、いつも先生を見守っていました。

「瀬戸の花嫁」は大ヒットした曲。美しいメロディと歌詞で、45年前には結婚が
幸せだと思っていた時代のだと歌いながら感じました。今は若い人が醒めてそう
ではないと分かってなかなか結婚しないのでしょう。

リクエストの時、“「ケンタッキーの我が家」を英語で歌って下さい”とお願いし
たら“では英語と日本語の好きな方で自由歌いましょう”にみなさんも揃って
英語で歌ってくれて感激です。今のニューミュージック系の日本の歌よりも平明
ですんなりと歌いやすかったのでした。大昔に口ずさんでいた思い出の曲です。

最後のリクエストでお連れ合いにちなんだ3曲のうちお連れ合いが大好きだった
という「鉄腕アトム」を歌いました。
元気に歌って終わったけれど、先生はいくら賑やかな場所にいても気持ちは晴れ
ないこととお察しします。私は先生のファンです。ファンは大勢いると思います。
たくさん食べて体力をつけて風邪の季節に負けないようお過ごしください。
 

梅の豊作

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 6月29日(木)11時56分39秒
  6月の歌う会は梅雨真っ盛りの日で横須賀の市長選挙投票日と重なりました。
雨が時々降っていたので参加者はいつもより少し少なかったのでした。

この季節と雨にちなんだ童謡「たなばたさま」「蛍」「かたつむり」「茶摘」
「夏は来ぬ」「あめふり」を歌い懐かしさと安らぎを感じます。

「有楽町で逢いましょう」はしゃれた前奏や間奏で浮き立つような楽しさと
気楽さも伴って歌いました。
「青葉城恋唄」は水が流れるような清々しい前奏が仙台の澄んだ空気と少し
冷たい風を思い出させてくれました。これが失恋の歌とは!

先生がソロで「ラ・メール」を歌ってくださいました。華麗なピアノで第二次
大戦が終わり解放された喜びの雰囲気が伝わって来ました。

「ラ・ノビア」の歌詞は“白く輝く花嫁衣装に/心を隠した美しいその姿/
その目に溢れる一筋の涙を/私は知っているアヴェ・マリア/祭壇の前に立ち
偽りの愛を誓い/十字架に口づけして神の許しを願う/”で美しいメロディと
共にドラマチックでミステリアスな歌詞で大ヒットしたのだと思います。

私は政略結婚かなにかで嫌々嫁に行くのを歌ったのかと思ったらネットでの一つ
の意見では~思いを寄せた女性が結婚してしまい結婚式に招かれて花嫁を見てい
る~情景で、彼女は結婚するけれどほんとうは僕を愛していると思いたい、と。

英語版だと“私はあなたを見つけた/ あなたは私を見つけた/ 今あなたと二人で
ここにいる/ ようやくその日が迎えられた/ 教会の中で/ 皆に祝福され/ 神の
祝福の元に/ 二人で手をつなぎ/ 歩み出す/ アヴェ マリア“と健全!です。

でもそれではこれほどヒットしなかったのかとも思いますが。
変な歌詞と思っていても私は自然に口ずさんでいます。


今年は梅がたくさん出来ました。でも途中で落ちたのが多数でろくなのがありま
せん。落ちているのを無視していたら夫が摘んでいます。しかたないので
ジャムとジュースを作りました。ジュースは2種類。まずジャムを作って残った
種をしごいて濁った液体に多量の砂糖を入れて煮たのが一つ。ジャムもジュース
もビンをアルコールで消毒し熱いうちにビンに入れて蓋をし脱気させて保存。
酸っぱいから砂糖を梅の2倍使いました。

もう一つの方法は梅を冷凍してからぶつぶつ針で突いて砂糖に混ぜてカビないよ
う酢も入れます。毎日ビンを揺すり水が上がってくるのを待ちます。梅の水分が
なくなりシワシワになったら出来あがりで、これはカクテルにも混ぜられそうな
透明な液になります。

夫は次々と梅を収穫してきます。こちらが取りあわないので自分で作りました。
出来た物はジャムとジュースの中間のゆるさ。大量に作り入れ物がないから鍋の
まま。消毒も砂糖の量も無視。そして100円ショップで買ったプラスチックの容
器に入れる。あきれたけれど不思議とカビない。

まだ次々と収穫したのでさすがに自分で作るのが飽きたか趣味の仲間に配り始め
ました。普通は人の差し上げるのに傷などない物を選んで渡し結果として自分が
傷物を食べることになり気分は複雑。そんなのおかまいなしに配っています。

写真の上は摩崖仏付近の白いアジサイ。下2つは我が雑草畑のハーブ




 

ポールマッカートニーと玉三郎

 投稿者:小島正子  投稿日:2017年 6月 1日(木)12時02分13秒
  5月の歌う会は五月晴れで少し冷たい風が吹いていました。
午前に時間変更になったにかかわらず満員でした。

光る緑とさわやかな風をたたえた「若葉」「みどりのそよ風」が踊るような転がる
ようなピアノに支えられて歌いました。
「五月の歌」は光あふれさわやかな風が吹くこの時に歌えて幸せを感じながら
歌いました。これがモーツアルトの最晩年の曲とは!

母の日にちなんだ3曲「やさしいおかあさま」は昭和15年の作で「あした」
は大正9年に作られました。きな臭くなった昭和15年作とまだ穏やかな
大正9年作ではまるで反対のように感じました。父親が無事で帰る日を待つ
「あした」。子育ての一番楽しかった幼児を寝かしつける時を思い出させる
「やさしい・・・」。

「かあさんの歌」は作者が冬に特に感謝をしたのではないかと想像されます。
放蕩と放浪の限りを尽くした作者に金品と励ましを送り続けた母親。子供の
人生は母親によって支えられるのを感じさせる先生の説明でした。
歌声喫茶や山で大声を張り上げて歌っていた時は想像もつかない成り立ち。

「鶴」を先生がソロで歌って下さいました。冷たい大地と残酷な兵隊の死を
想像します。そして転生して鶴になっていると。歌いながらソ連時代の映画
「鶴は翔んでいく」を思い出していました。恋人を戦争に取られて悲嘆に
くれるヒロイン。この歌の対極にあると、関係ないけれど感じました。

「南国土佐を後にして」は4月12日に亡くなったペギー葉山の追悼。
伸びやかな南国の風情をおおらかに歌い、彼女に歌わせたプロデューサーの
センスがすごいです。夫の根上淳を7年も看病しながら歌手活動をしていたと。
外国曲の紹介も「ドレミの歌」「サウンド・オブ・ミュージック」の他に
オーストラリアの羊の毛を刈る様子を歌った題名は忘れたのですが
“調子を揃えてクルックルッとたちまち羊は丸裸”と歌っています。


母の日と誕生日プレゼントを兼ねたお祝いを娘と孫娘がしてくれました。
ポール・マッカートニーのライブです。

東京ドームは満員で巨大な音量で圧倒し曲によって違うレーザー光線が行き交い
プロジェクションマッピングでイギリスの農家を映し同時通訳の字幕や以前より
大きくなったスクリーンでは観客の様子も映す。24年前とは比べられない豪華
さでした。自家用機での来日には機材も各方面の技術者も大勢乗せて来た感じ。

ポールも三台のギターをとっかえひっかえし、配置も大きさも違う2台のピアノ
を弾きお尻を振るという活躍ぶり。

斜め左に中学生くらいの男児が実に上手に踊っていましたが前半のヘビメタ風
の時だけで後は座ってしまい残念です。普段は競技をするアリーナ席の人達は
立ちっぱなしでした。後半のビートルズ時代のヒット曲では懐かしく2時間半を
耳栓をして聴きましたがお祭り騒ぎを十分に楽しめました。


坂東玉三郎と鼓童の『幽玄』は新聞広告で飛びついたのですが一日へて取ったら
後ろの席。電話も自動音声で受け取りのチケットはコンビニで印刷されてくる
超ハイテクでしたが手数料が1600円もかかりました。

渋谷のオーチャードホールの公演は前半の演目の「羽衣」ではあまり動きがなく
眠りました。以前に同じ友と同じ玉三郎を歌舞伎座で見た時メインの「天寿物語」
で彼女は眠り、後日“もったいないから眠っちゃだめよ”と言ったのに、です。

休憩後の「道成寺」では鐘の中から変身した玉三郎ではなく大蛇の作り物。
それがラジコンで動きくだを巻いて面白かったです。

「石橋」では獅になってたてがみを振りまわすのですが、やはり女形の方が似合
うと思いました。

鼓童の太鼓が編成も多様で見事でたえず動きがあり最初は20人近くが並んで叩き
またドラムのように組み合わせて何台もの太鼓を一人が叩き音色も多様でした。
力仕事なのにほっそりした女性が2人参加していました。

写真上はホテルの43階から見た東京ドームでごま粒のようなのが入場する人達。
中はそのホテルで祝ってくれた母の日のケーキ、下は『幽玄』のチラシ










 

海よ教えてくれないか」

 投稿者:坂本 征男  投稿日:2017年 5月 1日(月)16時22分22秒
  長年探していた岸洋子の歌”海よ教えてくれないか”を3,4月歌って頂きありがとうございます。
これで毎年一回はリクエストに応えて頂いております。
また次の曲を探してお願いいたします。
 

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